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神戸家庭裁判所 昭和60年(少イ)1号 判決

被告人 DことY(○○○○年○月○日生)

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  A子(少年)と共謀の上、昭和五九年九月二四日午前一一時ころ、兵庫県西宮市〈以下省略〉喫茶「○○○○」において、同女の友人B子(昭和○年○月○日生、当時一七歳)が一八歳に満たない者であることを知りながら、右B子に対し、Eを淫行の相手方として引き合わせて紹介し、同日午後一時ころ、神戸市〈以下省略〉所在ホテル「△△△△」において、同女をして右Eを相手方として性交させ、もつて満一八歳に満たない児童に淫行させ

第二  同年一一月四日ころから同月中旬ころまでの間数回にわたり、兵庫県西宮市〈以下省略〉ホテル「□□□□」客室等において、B子(当時一七歳)に対し、「お前はEさんの女や。わしの女がおらへん。わしにも女を紹介してくれ。同級生の女の子を紹介せい。」などと同年輩の女子児童を自己の性交の相手方として紹介するように申し向けてそそのかし、右B子をしてC子(昭和四二年三月六日生、当時一七歳)を自己に紹介することを決意させ、よつて右B子をして同月中旬ころの午後八時二〇分ころ、神戸市北区有野台五丁目一番地有野団地第一集会所前路上において、右C子を自己の性交の相手方として紹介せしめ、同日午後九時ころ、同区〈以下省略〉ホテル「▽▽▽▽」客室において同児童と性交し、もつて児童に淫行をさせる行為を教唆し

たものである。

(証拠の標目)

〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人Fは、判示第二の訴因につき、「児福法三四条一項六号は、児童に淫行をさせた者を処罰の対象とし、自ら淫行の相手方となつた者は処罰の対象としていない。これは淫行の相手が児童であつても、性行為を行うのは人間の本性であり自由であつて、期待可能性が存在しないからである。右訴因は被告人自らが淫行の相手方となつているにもかかわらず、児童に淫行をさせる行為の教唆をしたというものである。しかし、児童の淫行の相手方となつた場合には正犯として処罰されない者が教唆犯として処罰されるというのは理論的に不当である。すなわち、教唆犯は正犯の修正形式であるから正犯に比してその期待可能性、非難可能性はより低い。本来、自ら淫行の相手方となつた場合と、他人を教唆して自ら淫行の相手方となつた場合とは、被害児童の徳性を害するという違法性の点において異なるところはなく、また人間の本性に従つて性的欲望を満足しようという心情においても差異はないから、自ら淫行の相手方となつた場合に罰せられない以上、教唆犯も処罰されるべきではない。よつて、右訴因については児福法三四条一項六号違反の教唆犯は成立せず、被告人は無罪である。」旨主張する。

ところで、同号にいう「児童に淫行をさせる行為」には自己が児童の淫行の相手方となつた場合を含まないと解すべきことは弁護人主張のとおりであるが、他人を教唆し同人をして児童に自己を相手方として淫行をさせた場合には、単に児童の淫行の相手方となつたに過ぎないから犯罪は成立しないとすべきではなく、「児童に淫行をさせる行為」の教唆犯が成立するものと解するのが相当である。けだし、児童福祉法三四条は児童をとりまき児童に働きかける者に対して児童の福祉を著しく阻害する行為を禁ずることにより児童の健全な育成を図つているのであり、「児童に淫行をさせる行為」とは児童に対し事実上の影響力を及ぼして児童の淫行を助長、保進する行為をいうものと解されるところ、「児童に淫行をさせる行為」をするよう他人に教唆した者は児童の淫行の相手方が第三者であるか教唆者であるかにかかわらず、児童の淫行を助長、保進してその法益を侵害したものであるから教唆犯の責を負うべきであり、児童の淫行の相手方が教唆者であるか否かによつて教唆犯の成否を左右すべき合理的な理由はないからである。

なお、単に児童の淫行の相手方となつた者が処罰されないのは、淫行について期待可能性がないからではなく、同号は前記のとおり児童に働きかけてその淫行を助長、保進させる行為を禁じることによつて「淫行させられること」から児童を保護しその福祉を図ろうとするものであつて、これ以外に児童の淫行の相手方となることや児童が淫行をすることについては、このような個人の性の問題である私的生活に対しこれを犯罪や非行として法律が刑罰や保護処分をもつて関与することを立法政策上控えたものと解すべきである。ちなみに、売春防止法三条は売春の相手方となることを禁じているもののこれに対する罰則はなく訓示規定といわれているが、これは売春の相手方となつて性行為をすることは人間の本性であつて期待可能性がないとの立場に立つものでなく、性の問題は私的生活の内部の問題であつてあえて処罰の対象とする必要はないとするものなのである。また、児童の淫行の相手方となつた者であつても、「児童に淫行をさせる行為」の正犯資格を有するのであり、本件において、被告人はB子に「児童であるC子に淫行させる行為」を教唆し、自ら児童の淫行の相手方となつたのであるから、被告人についてB子の右犯行の教唆犯が成立することは当然である。よつて、弁護人の主張は理由がない。

参照

東京高裁昭和五〇年三月一〇日判決 家裁月報二七巻一二号七六頁

名古屋高裁昭和五四年六月四日判決 同月報三二巻九号七六頁

東京高裁昭和五八年九月二二日判決 同月報三六巻九号一〇四頁

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法六〇条、児童福祉法六〇条一項、三四条一項六号に、同第二の所為は刑法六一条一項、児童福祉法六〇条一項、三四条一項六号に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、後記情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人は、昭和五八年三月ころ覚せい剤を使用するようになり、覚せい剤仲間のEから性交できる若い女の子を紹介してくれるよう頼まれるや、同人に対していい格好をしようとの気持から、かつて交際のあつたA子に執拗に働きかけて判示第一のとおり被害児童B子にEを紹介したが、B子はその際初めて覚せい剤をEから注射してもらい、以来Eとの関係を続けながら覚せい剤に溺れるようになり、被告人はEと共に覚せい剤を餌にしてB子をホテル等に呼び出し覚せい剤を与え三人で性交したことが八回位あり、この間に、B子に飽きて別の若い女性と性交したいとの欲望から厭がるB子に強く要求して判示第二の犯行に及び、剰え、その後の昭和五九年一二月覚せい剤中毒気味のB子を覚せい剤売人に性交の相手方として紹介したものである。被害児童B子は抵抗感なく性交に応じ自ら覚せい剤に耽溺したぐ犯少年であるとはいえ、否、ぐ犯少年であるからこそ健全に育成されるべき児童として配慮するのが周囲の者の務めであるのに、被告人は自己中心的な考え方や欲望からB子が覚せい剤を初めて体験するきつかけを作り深みに誘い込み、同女と異常な性行為を繰り返して、思慮の足りない同女が心身に有害な影響を受け、みすみす転落するのに積極的に関与したものであること、被害児童C子はB子が困つている様子を見て不承不承被告人との性交に応じたものであることを考慮すると、被告人の刑責は重大であるといわなければならない。

しかしながら、被告人は父の営む建設業の重機運転手として精勤してきた者であり、現在は本件犯行やその当時の行状について反省し自重した生活を送つていること、その家族環境は安定し父の指導力に期待できること、保護処分歴、前科を有さず再犯のおそれはほとんどないと認められることなど被告人に有利な事情もあるので、今回は刑の執行を猶予する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 大串修)

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